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慈母会館の講座、しばらくおやすみさせていただきます

2018/08/19
慈母会館の講座にご参加くださっている皆さま、本当にありがとうございます。
今、読んでいる『歎異抄』は、後半の異義条々が終わりました。
しばらくおやすみをいただいて、体制を手直し、前半の親鸞語録にチャレンジしたいと思います。
再開は、今のところ、10月中旬を考えています。決まりましたら、またお知らせします。よろしくお願いいたします。

(これまでの要旨、整理)
慈母会館でおこなっていた『歎異抄』読書会、異義条々の部分(10条後半〜)が終わりました。
異義は、外部からの批判や誤解ではありません。
著者の唯円にとって、実際一緒に上京して親鸞聖人から直接教えを受けた同信者たちが、親鸞没後、あちこちで人を集め、教えを説く、そのなかから生まれてきたものです。
一緒に教えを受けたのに、、、唯円の異義への歎きは深いものです。
異義の多くは、要するに、阿弥陀仏の誓願を信じるだけ、ではだめで、悪いことをやったらそのたびに回心しなければならない、とか、これこれをやったら道場出入り禁止とか、あるいは逆に、自力の辺地往生者は地獄行きとか、なんらかの形で世俗の善悪を持ち込むものです。
これは、親鸞自身が、他力の信による往生を他力の頓悟、作善や自力の念仏による往生を他力の漸悟としていることと関連しています。

この頓悟と漸悟の問題は、ちょうどこの勉強会と並行して企画が進んでいた西荻窪ほびっと村での「チベット仏教と日本仏教との出会い」(ニチャン・リンポチェと藤田一照師の対話)の主なテーマになるはずだったものです(実際には、ほかのテーマの話題が多く、このテーマはさほど掘り下げられませんでした)。
漸悟と頓悟を同一地平での二つのやりかたー時間がからないものとかかるもの、と考えてはだめで、分別の働く心の領域(セム)でおこなわれるのが漸悟で、心を離れた心の本質(セムニー)でおこなわれるのが頓悟。カルマがひとりひとり違う以上、その人が歩む道はひとつしかなく、それが見えて疑いがなくなったのが頓悟で、まだそれが見えず(あるいはすでにその道があることに気づかず)一般論として実践をおこなっている段階が漸悟だ、というのが、今回、私が到達した結論です。
チベットの伝統では、根本ラマとの出会いが重要だ、といいます。根本ラマとはミラレパにとってのマルパのような存在で、その人の歩むただ一つの道を示してくれる人です。
マルパがさんざんミラレパに試練をあたえ、それをクリアしたからマハームドラーを授けてもらうことができた、なんて嘘っぱちで、何かと引き換えに何かを得ることができる、と思っているうちは、本当の道にはいることはできません。
これはチベットの伝統に限らず、仏教の普遍的構造です。
阿含経典で、善知識(=師)に出会ったら、道は半ばまで達成されたのか、と訊ねるアーナンダに釈尊は、善知識に出会ったら、道は達成されたのである、と答えています。
ナーガールジュナは友人の南インドの王にあてた手紙『勧誡王頌』のなかで、この釈尊の言葉を引用しています。『勧誡王頌』は、チベットの『クンサンラマの教え』や日本の『往生要集』など、北伝の実践的入門書の重要なソースになっている重要な教えです。

末法の世とは、単なる悪い時代ではなく、正しい法を伝える師がこの世にいなくなった時代のことです。阿弥陀仏の救いを説くことが釈尊の出世本懐の教えだというのは、釈尊は、自分が説いた教えがいつか正しく伝わらなくなってしまう時代の到来を予見していて、その後の衆生のために、阿弥陀仏の誓願のことを説いた、ということです。
阿弥陀仏は、一切衆生が自分の世界に生まれたいと心から願うならば、それをかなえる誓願を立てています。また、自分の世界に生まれたら、必ずその者が無上涅槃に到達する、という誓願も立てています。
阿弥陀仏は、ミラレパにとってのマルパのような存在、そのひとにとってのただひとつの道を示してくれる人がいなくなってしまった時代において、人々にその人の歩むただひとつの道を示してくれる存在なのです。
阿弥陀仏の誓願は一切衆生を対象としていますから、阿弥陀仏はすべての衆生にとっての根本ラマです。好き嫌い、この人は信心深いから救ってやろうとか、こいつはたいして布施をしないから駄目だ、といった分別は阿弥陀仏には一切ありません。
しかし、衆生の目は無明で曇らされており、自分を常に照らしている阿弥陀仏の光明に気づく者は稀です。たとえ気づいたとしても、その光が自分の歩むただ一つの道を示している、と疑いなく信じることは容易ではありません。
親鸞聖人は、阿弥陀仏が自分の歩むただ一つの道を示していること、阿弥陀仏が自分の根本ラマであることに気づいた人です。阿弥陀仏のことをおもえば、心の底から阿弥陀仏への思いが溢れてくることを止めることができません。それこそが真の念仏だ、それが親鸞聖人の説かれたことです。「弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、ひとえに親鸞一人 がためなりけり」というのは、気づいてみれば、阿弥陀仏こそが、自分の歩むただ一つの道を示してくださる方、自分の根本ラマだったのだ、という感嘆の言葉です。
しかし、阿弥陀仏自身には取捨や好悪はまったくないのですが、同じ光に照らされているにもかかわらず、同じ確信を得ることができる人はきわめて少ないのです。そうであってほしい、そう思ったからといって、それに確信が得られるというものではありません。こういう風にすれば、確信が得られる、というHow toもありません。
親鸞聖人も、自分が運命的な出会いをしたこと、その喜びを語ることしかできません。
それを聞いた門人の多くは、自分も親鸞聖人のように確信を得たい、と願ったでしょう。しかし、どうやればそうなるかわからない。彼らは意図せず、親鸞聖人が語った運命のただ一つの道を、誰もが歩むことのできる一般論に置き換えようとしてしまいます。それが異義の正体です。

ですから、異義条々の最後に、唯円は若き日の親鸞聖人のエピソード、自分の信と法然聖人の信は変わらないといって、法然聖人の高弟たちから、そんなはずがあるわけないだろうと言われても意見を変えず、このうえは、と皆で法然聖人のところにいったところ、法然聖人から、善信(親鸞聖人)の信も如来よりたまわりたる信、自分の信も如来よりたまわる信で、同じである。違うという人は自分と同じ浄土に行くことは決してないだろう、と言われた、というエピソードを紹介しています。
親鸞聖人がすぐれた弟子で、他の高弟が劣っていたということではありません。それは運命としかいいようのないものです。法然聖人の高弟の高僧がたでさえそうだったのですから、親鸞聖人から直接教えを受けたものから異義がでるのは、仏教の構造上、避けられないことなのです。

慈母会館の勉強会に出てくださった方には繰り返しお話ししたことですが、今回、テキストに『歎異抄』を選んだのは、個人的な理由によるところが大きいです。私の学生時代の指導教官は佐藤正英先生という方で、『歎異抄論註』(現在は『歎異抄論考』という改訂版がでている)という大部の著作があります。
『歎異抄』の本文を細部まで徹底的に読み込み、その一方(というか、そういう読み込みがあるからこそ)現在の形と違って本来は、異義条々と親鸞聖人の語録の二部からなる書だった、という大胆な提言もしています。「本願ぼこり」とその条で言及されている造悪無碍はまったくの別物であるとするなど、あいまいだった読みを一新させる指摘がたくさんあります。

佐藤先生は、私たちの業界(?)では「天才だが、弟子を育てることができない」というので有名でした。テキスト解釈があまりにも徹底しているので、学生が信者になってしまったり、あるいは単に反発するだけで、成長しない、というのです。
私自身が、その悪評の理由のひとつになっている、という自覚は昔からありました。
それまでの学問の世界からいったん距離をおき、信仰の道にはいって、阿弥陀仏の修行もそれなりにして、宗教の実践の場でもいいことわるいこと、様々なことを見聞きし、もう一度学問の世界に戻って、今、『歎異抄』にあらためて挑戦するのが、昔のような文献だけから仏教を探るのとは違う学者としてのひとつの総決算になる、そういう覚悟ではじめた読書会でした。

異義条々を読み終え、佐藤先生の異義条々についての総括の言葉を読みました。

「唯円が「異義条々」の筆を執ったのは、もともと異義を説く念仏者を説き伏せんがためではない。「異義条々」は、若き念仏者たる唯善に対して書かれている。…/いずれにせよ、異義がなくなることはない。「異義条々」を書きしるしていくうちに、そのことは唯円の前にはっきりと現れてきた。異義は、法義というかたちをとって現れる。だが、それらはいずれも、いまだ一定のかたちを持つに至らない異義というべきものをその根底に抱いている。さまざまなかたちをとって現れる異義は、いずれもそこに根差している。異義は、<信>の在りようが親鸞の<信>と異なるところから生ずる。…/己れの<信>を親鸞の<信>の在りようと同じくすることは可能なのか。可能である。だからこそ「異義条々」を書きしる
してきたといっていいであろう。可能なことは自明のはずである。にもかかわらず、己れの<信>を親鸞の<信>の在りようと同じくすることは可能なのかという問いは、執拗に唯円を捉えてやまない。唯円は、その問いに捉えられるたびにたじろがずにはいられない。」p439
「異義は今も昔もある。「法然聖人の御とき、御弟子そのかずおはしけるなかに、同じく御信心のひともすくなくおはしける」と親鸞は語った。「如来よりたまはりたる信心」であるが、法然の<信>、あるいは親鸞の<信>の在りようと<信>を同じくすることは難しい。「如来よりたまはりたる信心」を得ることは難しいといってもいい。難しさはだれにおいても変わらない。それは<知>の有無や善悪の如何には関らない。「如来よりたまはりたる信心」を得ることの難しさは、念仏者が衆生であることに根差しているからである。そのかぎりにおいて、難しさはすべての念仏者にとって等しい。ひとはだれも—いうまでもなく親鸞もまた—難しさから遁れることはできない。/異義の根源はそこにある。念仏者が親鸞の<
信>の在りようと同じくすることが難しいことにある。<信>が阿弥陀仏によってもたらされるものであり、念仏者が衆生の一人に他ならぬことに異義は根差している。念仏者が衆生の一人であるかぎり、念仏者にとって、異義に捉えられ異義を抱くことは不可避である。そのかぎり異義は唯円にとっても不可避である。…」佐藤正英『歎異抄論註』p441

・・・。やっぱりまだお釈迦様の掌の上を飛び回っている状態のようです。もちろん、疑問もあります。親鸞聖人にも疑はあるのだろうか。もしそうなら、法然聖人の高弟たちに、自分の信と法然聖人の信が同じだ、と言い切ることはできないのではないか。
もちろん、佐藤先生が上のようにおっしゃる理由がなにかも推測がつきます。『歎異抄』第9条の「念仏しておりましても、おどりあがるような喜びの心がそれほど湧いてきませんし、また少しでもはやく浄土に往生したいという心もおこってこないのは、どのように考えたらよいのでしょうかとお尋ねしたところ、次のように仰せになりました。
この親鸞もなぜだろうかと思っていたのですが、唯円房よ、あなたも同じ心持ちだったのですね。…」(現代語訳)という会話です。もちろん、「踊躍歓喜のこころおろそかに」(原文)の「おろそかに」は十分ではないという意味で、往生間違いないと喜びの心は生じているが、早く死んで極楽に急いで生まれたい、踊りだすほどではない、という意味であることも、『歎異抄論註』ははっきり指摘しています。

先日、別の先生のお通夜で、久しぶりに佐藤先生にお目にかかりました。私の本(『空海に学ぶ仏教入門』)について、「面白かった」と感想をおっしゃってくださり、うれしかったです。以前だったら意地をはって絶対本人には言わなかったであろう、今、勉強会で先生の本を参考書に『歎異抄』を読んでいるところだ、ということも素直に言うことができました。

すこしお休みをいただき、体制を立て直したうえで、現行『歎異抄』の前半部、親鸞聖人の語録に挑戦したいと思います。
今回の勉強会はこのような私的動機のつよいものですが、
興味をもっておつきあいくださった方には、引き続きご参加いただけると、うれしく思います。


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12:38 講座・やさしい心を育てる | コメント(0) | トラックバック(0)
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