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ランリタンパ著『八句の心の訓練法(ロジョン)』

2014/03/06
【八句の心の訓練法】

第1句
私がすべての生き物を、
如意宝珠にもまさる
最高の目的(=仏陀の境地)を成就するものと考えて、
常に愛することができますように。

第2句
いつ誰といる時も、
自分は誰よりも劣っていると考えて、
他の者を心の底から、
最高の者として愛することができますように。

第3句
あらゆる(自己の)おこないを自心で
観察し、煩悩が生じるやいなや、
(それは)自他を害する(だけな)ので、
強い力で立ち向かい、おさえることができますように。

第4句
本性の悪い生き物たち(や)
罪苦に負けてしまった者を見た時に、
貴重な宝を見つけたように、
得がたいものとして愛することができますように。

第5句
私に他の者が嫉妬して、
罵倒し誹謗するなどの不合理な
損は自分が引き受けて、
勝ちを他に捧げることができますように。

第6句
私が助けてあげて、
大きく期待していた人が、
きわめて不合理に(私を)傷つけたとしても、
正師と見ることができますように。

第7句
要約すると、直接あるいは間接に
利益と幸せをすべての母(なる生き物)に捧げ、
母のあらゆる損害と苦しみを、
ひそかに私が受け取ることができますように。

第8句
これらすべても、八つの世俗の価値観(世間八法(註))の
分別の汚れに染まらずに、
一切法を幻と知る心によって、
執着なく束縛から解放されますように。

これはゲシェー・ランリタンパ・ドルジェセンゲのお言葉である。

註:世間八法=利・衰、毀・誉、称・譏、苦・楽の、二元的価値観

論文「チベットに伝わる心の訓練法(ロジョン)と現代」『カルチュール』5巻1号所収の拙訳を改訂したものです。
→チベット語テキストはこちら

『八句の心の訓練法(ロジョン)』の著者ゲシェ・ランリタンパ(1054-1123)は、カダム派(古カダム派)の高僧で、チベットに招かれたアティシャのお側に仕えたドムトンパの三人の主な弟子の一人、ポトワから教えを受けつぎました。
法名ドルジェセンゲ(金剛獅子)。常に輪廻の中にある衆生の苦しみについて瞑想して憂鬱な顔をしており、例外的に笑ったことが逸話として伝えられているほどです。
心の訓練法(チベット語でロ・ジョン)は、自己の幸せと他の苦しみを交換する瞑想(トンレン)と、無我の瞑想を柱とするもので、『八句の心の訓練法』の1~7句が前者、8句が後者に対応しています。
ダライ・ラマ法王のゾクチェンの師だった故トゥルシク・リンポチェは、心の訓練法の長いテキストが『入菩薩行論』(シャーンティデーヴァ著)で、中程度のものが『三十七の菩薩の実践』(トクメーサンポ著)、短いものが『八句の心の訓練法』だと説かれています。
ランリタンパ自身は「・・・します」と、誓いの言葉としてこの教えを書き記し、後の師によって現在の「・・・できますように」と祈りの形に改められました。
カダム派は質素な暮らしでひたすら修行に打ち込むことで知られていましたが、ツォンカパがカダムの諸派を統合して新たにゲルク派(新カダム派)を打ちたてたこともあって、教団としては残っていません。しかし、その教えはチベット全宗派に受け継がれ、実践されています

八つの詩頌による心の訓練 (ポタラ・カレッジチベット仏教叢書)八つの詩頌による心の訓練 (ポタラ・カレッジチベット仏教叢書)
(2007/08)
ゲシュー・ソナム・ギャルツェン・ゴンタ

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現代日本における倫理的危機と仏教的価値観の可能性

2013/01/25
 2011年11月にインドで釈尊成道2600年を記念しておこなわれた国際仏教会議(Global Buddhist Congregation 2011)の「倫理と価値観」部会でおこなった発表の要旨です。世界から約900人が集まり、他の発表者としては、チベット仏教の高僧、カルマパ17世やタイシトゥ・リンポチェ、ソギャル・リンポチェもいらっしゃいました。

 日本からは他に、根本紹徹師・藤田一照師・緑川明世師も発表されました。閉会式にはダライ・ラマ法王も参加され、盛会でした。

現代日本における倫理的危機と仏教的価値観の可能性(発表要旨)
Ethical Crisis in Contemporary Japan and Possibility of Buddhist Values

吉村均(財団法人東方研究会研究員)          
YOSHIMURA Hitoshi (Research Fellow of the Eastern Institute)

私たち日本人は、今年(2011年)3月の地震と津波の深刻な被害に対しての、世界中からの支援と祈りに、心からの感謝を申し上げます。

しかしこの甚大な被害以外に、私たちは別の深刻な問題に直面しています。それは自殺の問題です。津波は一瞬のうちに巨大な都市を消し去り、2万人近い人々が死亡・行方不明となりました。しかし毎年の自殺者は3万人以上です。地震と津波の犠牲者よりもはるかに多くの人が、自ら命を絶っているのです。

日本は経済的にとても繁栄していますが、それは広告などにより新たな需要を生み出すことによって達成されています。かつて、経済的発展には限界があると考えられていました。買いたい人が全員その品物を買ってしまえば、それはもう売れなくなるからです。しかしニューモデルと広告によって新たな需要と欲望が生み出され、経済は限界なく発展しつづけました。そのため、人々はいつも新しいものを求め、内なる価値観が見失われています。かれらの欲望すら外の価値観から生み出され、内からのものではないのです。そのため、失業や離婚などによって社会との関係が失われたと感じた時、多くの人々が生きる意味を見失ってしまうのです。

学校では、「いじめ」の問題があります。子供達は連帯感を求めており、その最も簡単な方法は共通の「敵」をつくることです。ささいなことがいじめの理由となります。いじめられないもっとも簡単な方法は、他の誰かをいじめることです。

今日、日本人は他人の価値判断に過度に依存しています。内なる価値観と健全な自信の確立が必要です。

私は、仏教がこの問題に有効であると考えています。仏教は、得ることが困難な人の生の貴さの自覚からはじまります。古代の仏教の偉大な師は、「たとえ世界を獲得することができたとしても、私たちの欲望が満たされることは決してない」と説きました。これは真実です。日本の社会の発展はこの終りがないという欲望の性質を利用して到達されています。ですから、私たちはその対処法も、仏教の中に見いだすことができます。

しかし、日本仏教も問題を抱えています。明治以降、日本社会は近代化し、西洋の科学技術が導入されました。仏教学も同様に西洋から導入されました。そのため、近代日本の仏教の考え方は、伝統的なものとは異なってしまっています。仏教学は約百年前のヨーロッパの学者の研究に基づいて発達しています。今日では、僧侶や尼僧であっても、輪廻は単なる迷信だ、とか、大乗経典は仏陀の教えではなく、後代に作られたものだ、と考えている人が少なく有りません。今日では彼らの主な仕事は伝統的な儀式の継承にあり、その儀式が本当に効果があるかどうかは、彼らにとって重要では無いかのようです。

さらに、日本仏教の多くの宗派は頓悟(突然の悟り)に属しています。そのため、開祖の直接の弟子ですら、理解することは困難でした。僧院では、共通の仏教哲学(アビダルマ、唯識、など)とその宗派独自の教えの両方が学ばれていましたが、前者は衰退し、後者はドクマ化しました。現在では最も高度で理解の困難な教えが平易で易しい教えと誤解され、そのように教えられています。

私の研究と仕事は3点からなります。

ひとつは、古代インドの聖ナーガールジュナ(龍樹)の教えの研究です。ナーガールジュナは苦しみからの解放の仏教の階梯を明らかにしました。

第2は、日本仏教のナーガールジュナの教えの観点からの読み直しです。日本仏教の諸宗派の開祖(空海、道元、親鸞など)は、彼らの教えの基盤をナーガールジュナの思想に求めました。ですから、それらの開祖の教えの本来の意味を、ナーガールジュナの思想との対比によって明らかにすることができます。

3番目は、非仏教徒でも実践可能な、仏教の伝統に基づく心の変容法の紹介と普及です。私はチベット仏教の心の訓練法(チベット語で「ロジョン」)がこの役にたつと考えています。

 チベットの心の訓練法(ロジョン)の2つの主な実践は、無我の瞑想法と、トンレン(自己の幸せと他の苦しみの交換)の瞑想で、これはナーガールジュナが明らかにした仏陀の境地への2つの主な実践―智慧資糧と福徳資糧に対応しています。日本仏教の多くの宗派は「頓悟」の教えに従っており、段階的な階梯の教えはその信者が難解な教えを理解するのに役立ちます。

それだけでなく、ロジョンは西洋社会でポピュラーになっており、非仏教徒でも実践可能な形でも紹介されています(ソギャル・リンポチェ『チベットの生と死の書』十二章を参照)。日本の公教育では宗教教育が禁止されています。ですから、私たちには非仏教徒でも実践可能な仏教の考えに基づいた実践法が必要です。

私の大学や看護学校や学習グループで仏教を教えた経験から、以下の点がきわめて重要であると感じています。

本来ロジョンはきわめて高度な実践であり、それは誰にでも適したものではありません。ソギャル・リンポチェは西洋人に、ロジョンの実践の前に自然なやさしさを心に回復することをアドバイスしています。それはかつて愛され、やさしくされた経験を思い出すことによって果たされます。あるいは、トンレンを自分を対象としておこなう―傷ついた自分自身を観想して、その苦しみを吸い、幸せを与える。このアドバイスは、仏教の本質的な理解に基づいています。仏陀は聞き手の関心や能力に合わせて、異なる教えを説かれました。病状に合っていない薬は、毒に変わります。

日本仏教は大乗仏教の伝統に属するため、人々は仏教の教えを、利他を説くもので、自分の幸せを望むのはわるいことだと考えがちです。たしかに、そのような教えはあります。が、その文脈を考える必要があります。日本仏教はチベット仏教と同様、人間としての生はきわめて得難く、人としての体はきわめて貴重であることを自覚することからスタートします。

日本のような自分自身の大切さが見失われた社会においては、仏教は段階的に教えられる必要があります。最初のステップは自分自身の幸せを望んでいいということで、利他は次のステップです。利他の教えは自分の幸せを増大させるためのもので、仏陀は自分が幸せになることを禁じてはいません。

まずこの方法を、教師や看護師や子供を育てる母親、他者のケアに従事する人に普及させる必要があります。彼らは常に利他をなさなければならないことが求められ、ストレスにさらされています。両親に他をおもいやる心のゆとりがなければ、他者を思いやる子供は育ちません。ですから、まずケアをする人からはじめなければなりません。

チベット仏教は、かつて「ラマ教」と呼ばれていました。ラマ教という言葉を非正統的な仏教という意味で用いるのであれば、それは間違いです。しかしこの言葉はチベットを訪れた宣教師に由来します。彼らは創造主を信じています。しかし仏陀は創造主ではありません。仏陀は師であり、そうなりたいと思われ、目指される理想像、目標です。彼は不変の幸せへの正しい道を示す「ラマ」なのです。

仏教の利他の教えが実際には自分の幸せを増大させるものであることを理解することは容易ではありません。それを理解するためには、利他のみを考えて幸せである生きた実例が必要です。私は授業で、妙好人(阿弥陀仏への不変の信によって悟りを得た人たち。鈴木大拙『日本的霊性』を参照)の生涯や、ダライ・ラマ法王のビデオを紹介しています。偉大な師たちは教えを通してだけでなく、その存在を通じて正しい道を示しているのです。


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論文「チベットに伝わる心の訓練法(ロジョン)と現代」の紹介

2012/12/05
吉村均先生の論文、「チベットに伝わる心の訓練法(ロジョン)と現代」の紹介です。

 欧米では、日本でヨーガが健康法や美容法として実践されているように、心のケアの方法として仏教の瞑想が関心をもたれ、日々の生活に取り入れられています。欧米で特に関心の高い実践法のひとつが、チベットに伝わる「心の訓練法」lojongです。
 論文では、代表的なテキストや歴史について簡単に紹介したうえで、裏づけとなる考えをインドの『中論』や『入菩薩行論』といった論書に探り、あわせてダライ・ラマ法王が継続的に科学者とおこなっている仏教と科学の対話(心と生命会議)の成果から、仏教の瞑想法の有効性についての現代科学の立場からの検証や、現代社会において実践する際の注意点について紹介しています。
 「心の訓練法」は、一言でいえば、トラブル時に折れてしまわないようなしなやかな心を作る方法で、緊急時に即効性があるかどうかはともかく、普段からすこしずつおこなっていれば、個人差はあるでしょうが、私の知っている範囲でも、数ヶ月、数年続けていると、かなりはっきりした効果がでています。
 本来は仏教の修行法ですが、論文では、欧米で紹介されている、非-仏教徒でも実践できるやり方を紹介しています。
 特に、看護や教育、将来育児に携わることになる人たち、他への奉仕でストレスを感じがちな立場の方には、知っておいてもらいたい実践法です。

→論文「チベットに伝わる心の訓練法(ロジョン)と現代」
(明治学院大学教養教育センター紀要『カルチュール』5巻1号掲載。明治学院大学機関リポジトリで公開)
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